【「つながる菜園」の食・人・時間のつながり:第3回】「人とのつながり」で出会えた土地・食

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タンザニアの町中のお肉屋さん(ここがどこだったのかは思い出せません)

こんにちは。つながる菜園プロジェクト、菜園コミュニケーターの佐々木桐子です。
前回よりかなり間が空いてしまい2022年がすでにスタートしています。

実はこの連載が始まってから今日までの間に、長らく奮闘してきた「つながる菜園プロジェクト」はササハタハツまちラボ認定プロジェクトとなり、さらに大きな一歩を踏み出して、順調に活動を進めておりますが、連載の第3回目である今回は、プロジェクト発足までに多大な影響を与えてくださった人や、国内外の美しい食との出会いについて少しだけ掘り下げて触れたいと思います。

前回の連載では食空間を楽しむためのテーブルスタイリングや親子向けのワークショップ活動「青空パーティー」の活動について触れましたが、私は「農」や「菜園」という切り口のアプローチで今の学校菜園活動を始めたわけではありませんでした。
「食べること」と「食空間」にとにかく興味があり、そこが今の活動の原動力になっているのです。

縁がありアフリカ大陸へ

学生の頃に父がアフリカ大陸のタンザニアへJICAの専門家として赴任しました。こんなことでもない限りアフリカの地を踏めることなんてない!!と慌てて冬休みに2週間父を訪ねてタンザニアへ行きました。結局その後も赴任は続いたので合計3回もタンザニアへは行くことになったのですが(笑)。
そこで目にしたものは、よくニュースや文献で見聞きしていた貧困や食糧危機に苦しむイメージのアフリカではなく、カラフルな色とエネルギーに満ち溢れた、私の目にはポジティブに映るアフリカでした。

週末に1週間分の食材を仕入れに行く地元の市場は色とりどりの野菜や肉(生きたニワトリやぶら下がった牛肉)などで溢れて賑わっていました。
デジカメや携帯を出して写真を撮るのはなかなかしづらく(子供たちが集まってきてしまう)、またスリも多かったり、「チナ(中国人)」と小さな子供たちからも言われたり、良い体験だけではなかったのですが、それでも赤土に青い空、女性の巻くカラフルな布、人々の陽気なエネルギーにすっかり魅了されてしまいました。

タンザニア、キリマンジャロ州モシ市の町の市場。
家に来てくれていたお手伝いさんのフェリスタおばさんと食材の買い出し。

質素でしたがタンザニアで食べた食事、毎朝出てきた甘ったるい紅茶(日常的に庶民の飲むものはコーヒーではなく紅茶でした)も全てが美味しい思い出です。またJICAの援助プロジェクトはまるで日本のような田圃がバオバブとキリマンジャロを背景に広がる風景でとても印象深く残っています。

それ以降、現在も所属しているNGO「アフリカ理解プロジェクト」での活動を通してアフリカの食やコーヒーについての勉強会やワークショップにも多く携わることになりました(第2回の連載時に掲載したテーブルスタイリングの写真もワークショップの時のものです)。

4年前にはスタッフとしてスタディツアーでエチオピアへ行かせていただきました。
行ったのがちょうど秋冬の時期だったので、昨年末は自分のFacebookの過去の投稿から懐かしい画像がたくさん上がってきて、眺めては懐かしく思い出していました。
エチオピアはタンザニアに比べてさらに洗練された歴史のある食文化(発酵食文化です!)とコーヒー発祥の地だけある豊かなコーヒー文化に魅了されっぱなしの日々でした。
一番感動したことは、エチオピアの主食であるインジェラという伝統料理です。
これはテフという雑穀(日本でもスーパーフードとして有名ですね!)を挽き発酵させた生地をクレープのように焼いて、その大きな生地の上に豆や野菜の煮込みなどをたくさん盛りつけていただきます。
味は生地を醗酵させるので酸味があり好きずきに分かれるかもしれませんが発酵食品大好きな私としては美味しくて、今でも毎日食べたいと思うくらい大好きです(東京にもいくつかお店があり食べ比べてみましたがそれぞれおいしいです!)。
何が素敵かって、とても大きなサイズのものをみんなで一緒にちぎりながら食べることの楽しさ、色々なものが盛りつけてある楽しさ、そして見た目の美しさに感動します。日本の食文化も歴史がありますが、それと負けないくらいのエチオピアの素晴らしい食文化に魅了されました。

エチオピア首都、アディスアベバで食べたインジェラ料理。
これを3人でいただきました。目でも美しく、食べても美味しい、楽しい。
コーヒーと紅茶が2層になったスピリスという飲み物。
こういう珍しい飲み方がたくさん登場するところにコーヒー文化の深さを感じずにはいられません
ビジネスの情報交換の場にもなっているカフェ。
TOMOCA COFFEE本店にて。成熟した大人のカフェ文化がとても素敵でした。

豊かな食文化、成熟した歴史あるカフェ文化は人と人との会話や交流を生みます。
二つの異なるアフリカの国の食文化から学んだことはそれ以降のプロジェクト活動において今でも私にとても大きな良い影響を与えてくれているのです。

自分の居場所、能動的な学びについて

私は国立大学の大学院研究室に勤務していますが、数年前に1年間同じ大学の別の研究室「異才発掘プロジェクト ROCKET(以下ROCKET)」を兼務していた時期がありました。
そこは学校でもなく学びの多様性を切り拓く挑戦をする場所、志のあるユニークな才能を持つ子供達が集まる場所です。

1年間、主にプランターでの野菜の栽培を子供達と一緒にさせてもらいました。
今よりもさらに野菜の栽培素人だった私ですが、通ってくる小中学生の子供たちと一緒に必死に調べて学びました。どうしたら虫がつかないのか、どうしたら土が水枯れしないのか、どのタイミングで収穫してどのように食べようか、など主にタブレットと本を使って調べていろいろ試みてみました。
参加していた子供達はとても積極的でよく話してくれて明るい、何よりも毎回楽しみにして通ってきてくれました。
この子たちがなぜ学校に馴染めないのか、教室では息苦しくなってしまうのか、最初の頃の私には全く理解できませんでした。
そのことを先生に聞いてみたりもしましたが、時間の経過とともに自分なりに理解することができてきました。その答えが実は「つながる菜園プロジェクト」をつくりたい、と強く思った一番の理由そのものなのです。

“ユニークさ故にそこに馴染めない子ども達が学校にいなければならない事で不適応を起こす現状(中略)。

彼らには彼らの新しい学びの場所と自由な学びのスタイルが必要です。”

(「異才発掘プロジェクト ROCKET」の紹介ページより一部抜粋)

つまり、その子供たちが自発的に自分の意思で行きたい場所、学びたいこと、その「居場所」がROCKETだったのです。
その頃、上の息子が通っていた渋谷区内の公立小学校(現在、学校菜園「つながる菜園」を導入している小学校です)にも教室に馴染めない子、授業中座っていられない子、などが結構いました。
学校も必死に取り組んでいるものの、ただでさえ多くの業務を抱えた先生たちは大変そう。

これは!!音楽室や保健室、図書室と並んで子供たちが居場所の一つとして選択できる「菜園」が絶対的に必要、そこには学校の先生だけに任せるのではなく、地域みんなで子供たちを育てるような「多世代の地域の力」も必要、と強く感じたのでした。 そこからの5年間が今につながる校長先生との意見交換の始まりでした。

ROCKETではこんなに珍しい野菜をふんだんに使って各自自由に調理する講義もありました。
子供達だけじゃなく一緒に参加して私までも毎回ワクワク。
オープンキャンパス時には研究室紹介の一環で、素晴らしい絵の才能を持った子の
作品展も開催されました
絵の上に飛行機を飛ばせる夢のある作品もありました(作品と息子)

身近な体験の中で知った「育てる・収穫する・調理すること」の感動

子供たちが幼かった頃、カラフルな体験をたくさんさせたいと思い一緒にやってきたことによって子供たちと一緒に私も同じレベルで体験し学び、育ててもらえました。

電車でそう遠くもない都内にある稲城の里山での野菜の栽培や収穫体験、調理体験はお友達も誘って何度も参加しました。 畑があり自然たっぷりの広い里山は子供たちが走り回って1日中遊べる場所でした。

稲城市にある「いなぎめぐみの里」での一コマ。子供たちの遊び方は無限大です。
泥だらけになって山の中でたくさん遊びました。
植え付け体験や、
収穫体験もたくさんさせてもらいました。

また、子供たちが保育園の時に出会い、以後家族ぐるみでもう8年ほどのお付き合いをさせていただいているこども造形教室「代々木公園アートスタジオ(渋谷区富ヶ谷 https://www.yoyogiparkartstudio.com)」の先生ご夫妻の千葉の房総にある山のお家は今でも多くの影響を与えて下さっている大切な場所です。

畑で育った野菜や小麦を使ってパンや料理を作るワークショップに何度も子供たちと訪れた経験は言うまでもなく、毎年夏に行っている(ここ2年はコロナ禍のため中止)教室のこどもキャンプでの泊まり込みの引率アシスタントは毎回とても勉強になり、貴重な経験となっています。

都会に住んでいて火を起こしたことも大きな虫も見たことないような子供たち10人ほどと2泊3日、ゲームも携帯もない山の中で一緒に過ごすのです。
ご飯を食べるにはまず畑から調理に必要な野菜を収穫し、火を起こす薪や枯葉を山から拾って集めてきて、マッチを擦って火起こしから始めます。
ご飯だけではなくお風呂も同じ、薪でお湯を沸かす風呂釜です。 喧嘩もしょっちゅうあるし、慣れない不便な生活の中でたくさん苦労した子供たちが、自分たちで作ったご飯をみんなで囲む瞬間のあの幸せそうな顔と美味しいご飯の味は格別で毎回感動します。

食事を作る前にまずは食材を収穫します。
みんなで協力しないと美味しいご飯は食べられないのです。
ピザも生地から作ります。
集めた薪を使いアースオーブンで焼き上げたピザの味は格別です。“いただきます”の掛け声と同時に四方八方から子供たちの手が伸びてくる瞬間が毎回大好きです。
収穫から調理、いただきますまで、苦労して頑張って作ったご飯は美味しいよね!
食事に使うお箸や素麺用の蕎麦猪口はみんなで山に入って竹を切り倒し、
自分たちで小刀で削って作ります。食べるためには道のりは長いのです(笑)
食べるって大変なことだよね。

「経験を形に」への第一歩

インプットばかりしているとアウトプットする場が欲しくなります(笑)。
小学校隣にある「かんてんぱぱショップ」初台店さん(伊那食品工業(株))とプロジェクト活動にたくさん力を貸してくださっているクラフトマン世田谷の白井さんからのご縁が繋がり、伊那市から渋谷区の子供たちを連れて農泊ツアーのモニターツアーを開催したい、というオファーをいただいたのがまだコロナ禍になる直前の2019年秋のことでした。

主にササハタハツエリアの20組近い親子を大型バスで伊那市の「かんてんぱぱガーデン」まで引率し、担当の方へバトンタッチするという人生初のバスガイド的なことまでやりました(笑)。
その時参加してくれた親子で現在も学校菜園活動を一緒に支えてくださっている方々もたくさんいます。

各農家さんへ数人ずつ分かれて農泊体験しました。
私が一緒に泊めてもらった農家さんでは当時の小1男子3人(子供たちだけで参加)と
寝泊まりしましたが、なかなか大変で楽しかったです(笑)
薪割りを体験させてもらった子もいたようです。

2日目に各農家さんとお別れし全員集合して連れて行ってもらった伊那市立長谷中学校での取り組みは素晴らしかったです。
家庭科室を使って、畑で生徒が栽培した唐辛子(なんと江戸野菜の内藤唐辛子です‼︎)からラー油を作り、“長谷の太陽”というブランドで道の駅や観光地の売店でお土産として販売しています。その収益を畑に還元する6次産業の取り組みを地域の方々を巻き込んで行っていました。
いつか渋谷区内の公立の学校からこんな学校が立ち上がったらいいな、と夢が広がります。

校長先生自らラー油作りの工程を一から実践して見せてくれました。
江戸野菜、東京は新宿区発祥の内藤唐辛子から作られるラー油です。

ご紹介したい人や団体、場所はまだたくさんありますがきっとこの10倍くらいの原稿量になってしまうので、今回はひとまずここまでで終わりにします。

「つながる菜園」の学校菜園が本当に実現できるのか全くわからないまま5年もの歩みを振り返ってここまで書いてきましたが、冒頭で触れた通り、この連載が始まって間もなくつながる菜園は学校内で活動のスタートを切ることができました。 次回第4回はようやくその実践編へと話を移行したいと思います。

千葉の山の夏のこどもキャンプでのひとコマ。
どこを切り取っても美しい、と毎回思うのです。

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